ムー大陸

世界には「失われた大陸」の伝説が各地に残されています。例えば、プラトンが著書に書き残したアトランティス大陸、キツネザルの生態系の分布からその存在が説かれたレムリア大陸、そして太平洋上に存在したというムー大陸です。このうち、ムー大陸は長く人々の心を掴んできました。果たして、ムー大陸は本当にあったのでしょうか?

ムー大陸とは

ムー大陸は、1931年に出版された『失われたムー大陸』という本によってその名を知られるようになりました。この本の著者はジェームズ・チャーチワード。かつてイギリス陸軍で大佐まで務めあげたという人物です。チャーチワードがインドに駐留していた頃に、地元の高僧から寺院に伝わるという「ナアカル碑文」を見せられ、退役後に碑文に刻まれていた絵文字であるナアカル文字を解読したことによって得られた事実こそが「ムー大陸の存在」だったというのです。

ムー大陸の様相とは

今から1万2000年前に存在したとされるムー大陸は、太陽の化身である王ラ・ムーによって統治され6400万人にも渡る人口の大部分を白人が占める国家だったのですが、ある時神の怒りを買い一夜にして滅び海の底に消えたとされています。ムー大陸はいわゆる超古代文明を持ち、世界中に広まっていたとも言われています。イースター島のモアイ像は、失われたムー大陸の文明の遺跡であるとも言われています。また、ムー大陸の滅亡が同時期に大西洋に存在したアトランティス大陸の滅亡を招いたとも言われています。

ムー大陸を「発見」したチャーチワードとは

では、ムー大陸を世界に知らしめたジェームズ・チャーチワードとは一体どのような人物なのでしょうか? チャーチワードは、1852年に生まれ、1880年にイギリス陸軍大佐で退役し1931年に研究成果である「失われたムー大陸」を上梓し、「ムー大陸の子孫たち」「ムー大陸の聖なるシンボル」「ムー大陸の宇宙力」などを立て続けに発表していきました。その後はムー大陸の第一人者として、オカルティズム団体から引っ張りだこになり各地で講演を行っていたようです。1936年に講演を行っていたロサンゼルスで倒れ急逝したと伝えられています。

ここがヘンだぞチャーチワード

チャーチワードが、インドの高僧から碑文を見せてもらったとされているのは1868年のことです。しかし、チャーチワードが生まれたのはその16年前。16歳の少年兵に代々伝わるような重要なものを見せてくれる高僧が居るのでしょうか? 第二に、「失われたムー大陸」がチャーチワードの最初の著書では無いということです。チャーチワードは若い頃に「メイン州北東部への大物釣りガイド」という本をアメリカで出版していたのです。来歴で「イギリス陸軍に所属し、大佐まで勤め上げた後退役」という内容とは一致しません。

チャーチワードの著書はデタラメ?

これらのことから、チャーチワードは嘘吐きであることが後世の研究者たちから指摘されています。では、ムー大陸の実在の証拠も嘘なのでしょうか?

ムー大陸の実在の真偽とは

ムー大陸について書かれたという文書は「ナアカル碑文」だけではないと、チャーチワードは主張しています。チャーチワード以前に発見されムー大陸の存在の根拠となったマヤ文明の「トロアノ古写本」や、チャーチワードの知人であるウィリアム・ニーブンが、メキシコで発見した石版にもムー大陸の存在が示されているというのです。

ムー大陸の根拠の真贋

ただ、チャーチワードが見たとされる「ナアカル碑文」はいまだに発見されていません。当時は16歳だったチャーチワードにも惜しげもなく見せてくれるようなものであるなら発見も早いはずなのにも関わらず、です。また、「トロアノ古写本」も解読に使った文字変換表が間違っていたことが判明し、内容もムー大陸について書かれたものではなくマヤ文明の誇る占星術について掛かれたものであったことが判明しています。残るニーブンの石版は、現物は一応存在が確認されています。しかし、ニーブンの石版は「ナアカル碑文」と同じナアカル文字で書かれていて、ナアカル文字を解読したのがチャーチワードであることから、存在は確認できても内容には疑問が残る、というのが現状なのです。

ムー大陸は太平洋には無い!?

ムー大陸があったと考えられている太平洋には、ムー大陸の実在の証拠を求めることは出来ません。その理由は1万2000年よりも昔に出来た深海堆積物が太平洋の下に眠っているからです。それに、現在では常識となったプレートテクスニクス理論では沈下や隆起はあっても巨大な大陸が一夜にして海の底に沈むことはありえないというのが定説となっています。

新説!? ムー大陸は沖縄にあった!

1990年代後半、沖縄の琉球大学で海洋地質学を研究している木村正昭教授が『与那国島沖の海底に人工的な建造物を発見した』というニュースが日本中を駆け巡りました。昔から、沖縄には「海に沈んだ文明」の伝説があり、沖縄に伝わる極楽浄土の名前から「ニライカナイ」と呼ばれていました。木村教授はこのニライカナイ伝説と古代日本がユーラシア大陸と地続きだったことを結びつけて考えていました。それが、この発見で証明されたといっても過言ではないでしょう。この海底遺跡はニライカナイ伝説の証明であると同時に、ムー大陸の根拠となったのではないかと木村教授は考えています。

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